1860年代-1900年代初頭

1. 工芸・装飾・近代絵画の前史

アーツ・アンド・クラフツから象徴主義まで、近代デザインや近代絵画が生まれる前提を整理します。工芸、紙もの、出版、室内装飾、屋外制作、個人の感覚などが、のちのデザインやアートにどのようにつながったのかを見ていきます。

この時代で見ておく3つのポイント
  • 手仕事と産業化への反応
  • 日本美術や装飾芸術の影響
  • 絵画から生活・工芸への広がり
1. 工芸・装飾・近代絵画の前史の象徴的な参考画像
William Morris(ウィリアム・モリス)《Cushion Cover, Rose Wreath》。手仕事、植物文様、生活空間の美意識を象徴する作品。

01

Arts and Crafts アーツ・アンド・クラフツ

アーツ・アンド・クラフツって何?

産業革命後の大量生産に対し、手仕事や素材の良さを取り戻そうとした19世紀英国発の工芸・デザイン運動です。家具、壁紙、本づくりまで生活全体を美しく整える思想でした。大量生産品のデザインに対して、視覚的なリズムや肌理(マチエール)を取り戻そうとした流れともいえます。図像表現においてリズムを生み出す発想は時代も国も異なりますが日本の琳派に通じるところもあります。

時代・潮流
1860年代-1910年代
1861年にモリスらが工房を設立したことを起点に以降のアーツ・アンド・クラフツ運動として展開し、20世紀初頭の近代デザインや、後の民藝運動にも影響を与えていくため、ここでは1860年代から1910年代を中心年代とした。
Arts and Crafts アーツ・アンド・クラフツ の参考画像
画像1: Strawberry Thief / William Morris(ウィリアム・モリス) / パブリックドメイン
出典

モリスの《Strawberry Thief》は、身近な自然を観察し、植物・鳥・果実を反復文様へ落とし込むアーツ・アンド・クラフツの代表例です。工業的な均質さではなく、染織や壁紙に残る手仕事の密度、自然素材を思わせる色、生活空間そのものを美しくする思想がよく表れています。

デザインの特徴
植物文様、木版画的な面、装飾枠、自然素材の色、工芸的な反復(リズム)。
代表的な人物・作家・参照文化
Arts and Crafts アーツ・アンド・クラフツ 画像2
画像2: Embroidered Screen / John Henry Dearle(ジョン・ヘンリー・ディアール) (designer), Morris & Co. (manufacturer) / Victoria and Albert Museum via Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0 / GFDL
出典 / ライセンス

ジョン・ヘンリー・ディアールによる刺繍屏風は、家具・室内装飾・テキスタイルを別々の領域に分けず、生活空間全体を工芸として設計するアーツ・アンド・クラフツの姿勢を示しています。植物文様を平面的に反復しながら、刺繍という手仕事の時間と質感が前面に出る点が重要です。刺繍制作では、日本製の金糸が使われた例があります。

Arts and Crafts アーツ・アンド・クラフツ 画像3
画像3: The Wood Beyond the World / Edward Burne-Jones(エドワード・バーン=ジョーンズ) (frontispiece デザイン), William Morris(ウィリアム・モリス) / Kelmscott Press / Wikimedia Commons / Public Domain Mark 1.0
出典 / ライセンス

ケルムスコット・プレスは、ウィリアム・モリスが1891年にロンドン、ハマースミスのアッパー・モールで始めた私家版印刷所です。《The Wood Beyond the World》は、書物を情報の容器ではなく、紙、活字、挿絵、余白、装丁が一体となった工芸品として捉えています。中世写本や初期印刷本への参照を近代出版に持ち込み、大量印刷への対抗として「美しい本」を再定義した点が重要です。この版は紙刷り350部、さらにヴェラム刷り(子牛などの皮をなめした皮紙)8部が作られそうです。

Arts and Crafts アーツ・アンド・クラフツ 画像4
画像4: Toilet Mirror / Philip Webb(フィリップ・ウェッブ), Morris, Marshall, Faulkner & Co. (later Morris & Co.), Edward Burne-Jones(エドワード・バーン=ジョーンズ) / Los Angeles County Museum of Art via Wikimedia Commons / パブリックドメイン; LACMA パブリックドメイン High Resolution Image Available
出典 / ライセンス

《Toilet Mirror》は、家具を単なる実用品ではなく、絵画、木工、金彩、ガラスが結びついた生活のための総合デザインとして扱っています。フィリップ・ウェッブの構造、バーン=ジョーンズの絵画性、モリス商会の制作体制が重なり、アーツ・アンド・クラフツの「生活芸術」の考え方をよく示しています。過度な装飾のヴィクトリア様式を嫌い、家具や指物のあるべき構造を尊重した上でのデザインという意識が非常によく現れていると思います。

Arts and Crafts アーツ・アンド・クラフツ 画像5
画像5: Red House, Bexleyheath / Philip Webb(フィリップ・ウェッブ), William Morris(ウィリアム・モリス) / Wikimedia Commons / パブリックドメイン
出典

Red Houseは、ウィリアム・モリスがフィリップ・ウェッブとともに作った自邸で、アーツ・アンド・クラフツの思想を建築と暮らしの空間へ広げた重要な例です。壁紙や布の文様だけでなく、建物、家具、庭、室内装飾を一体の生活環境として考える点に、この運動の本質があります。工業製品への批判は、単なる手仕事礼賛ではなく、住まい全体を人間の感覚に取り戻す試みでもありました。

文房具カフェの視点

ヴィクトリア時代の過度な装飾から、その後産業化で大量生産品が増える中、紙、布、製本、木など生活を形づくる素材と技術の質を取り戻そうとした運動といえます。庶民に手の出ない装飾品への反発と、安価だがデザインとして「死んでいる」大量生産品に対しての批判という面をアーツ・アンド・クラフツは持っていましたが、結局はやはり「良いデザインはコストがかかる」というジレンマに陥ったといえます。デザインとコストの関係は現在にまで通じるものですね。

アーツ・アンド・クラフツを起点に、これから現在にまでつながるデザイン・アートの潮流を見ていくわけですが、アーツ・アンド・クラフツの中心的な思想に、デザインやアートを「特権的な一部の人々のためのもの」から「多くの人々の手元へ」、ということがあったことは押さえておきたいです。ウィリアム・モリス自身、非常にユートピア思想、いわゆる社会主義的な思想を背景に持っていたという点は重要です。

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アーツ・アンド・クラフツへの批判・対抗意識から次の潮流へ

手仕事を重んじた一方で、作品が高価になりやすく、理想とした生活の美しさが限られた層に届きにくいという批判がありました。その課題は、量産や機能をどう引き受けるかという問いとして、アール・ヌーヴォー、バウハウス、モダニズムへ受け継がれます。

02

Japonisme ジャポニスム

ジャポニスムって何?

19世紀後半の欧米で、日本の浮世絵や工芸品が絵画・ポスター・装飾に大きな影響を与えた現象です。平面性、余白、非対称構図が近代デザインの見方を変えました。

時代・潮流
1860年代-1900年代初頭
開国後の日本美術や工芸品は1860年代から欧米へ本格的に流入し、浮世絵の平面性、非対称構図、余白、装飾感覚が絵画・ポスター・工芸に影響した。1872年頃にはJaponismeという語も用いられるため、ここでは1860年代から1900年代初頭までを中心年代とした。
Japonisme ジャポニスム の参考画像
画像1: The Great Wave off Kanagawa / Katsushika Hokusai(カツシカ・ホクサイ/葛飾北斎) / パブリックドメイン
出典

北斎の《神奈川沖浪裏》は、ジャポニスムそのものの作品というより、西洋の画家やデザイナーが強く受け取った日本の浮世絵的な視覚語彙を示す基準点です。非対称構図、平面的な色面、極端なスケール、輪郭線、余白の扱いが、19世紀後半のポスター、絵画、工芸に大きな刺激を与えました。

デザインの特徴
浮世絵的な平面性、非対称構図、余白、輪郭線、自然モチーフ。
代表的な人物・作家・参照文化
Japonisme ジャポニスム 画像2
画像2: La Japonaise / Claude Monet(クロード・モネ) / Wikimedia Commons / パブリックドメイン
出典

モネの《La Japonaise》は、《積みわら》や《睡蓮》に先立つ時期に、日本趣味を正面から扱った作品として知られます。日本の着物、扇、浮世絵的な装飾モチーフを西洋絵画の中に取り込んでいます。ジャポニスムが単なる日本趣味ではなく、衣装、ポーズ、装飾、画面の平面性を通じて近代西洋美術の視覚を変えていったことを示しています。

Japonisme ジャポニスム 画像3
画像3: Portrait of Pere Tanguy / Vincent van Gogh(フィンセント・ファン・ゴッホ) / Wikimedia Commons / パブリックドメイン
出典

背景に浮世絵を並べ、人物像と日本版画の平面性を重ねた作品です。ゴッホが日本美術を単なる異国趣味ではなく、色面、輪郭、構図を変える実践的な参照として見ていたことが分かります。ゴッホは日本に幻想的ともいえる憧れを抱いていて浮世絵などに描かれている日本人を「自然の中に花のように生きている」かのようだと述べています。しかし、当時日本はすでに「富国強兵」や「徴兵制」など「軍国主義」に向かい始めた頃であり、なんとも皮肉だなあと感じてしまいます。

Japonisme ジャポニスム 画像4
画像4: Sudden Shower over Shin-Ohashi Bridge and Atake / Utagawa Hiroshige(ウタガワ・ヒロシゲ/歌川広重) / Wikimedia Commons / Minneapolis Institute of Art / パブリックドメイン
出典

斜めに走る雨線、橋を途中で断ち切るような大胆な構図、縦長画面が強い緊張を作る浮世絵です。西洋絵画の遠近法中心のレイアウトとは違う、非対称で瞬間的な構成がジャポニスムの重要な刺激になりました。ちなみにこの雨の表現は木版に彫り師が細いノミで彫っていくわけですが、ようく見ると非常に繊細な変化に富んでいて息を呑みます。

Japonisme ジャポニスム 画像5
画像5: The Letter / Mary Cassatt(メアリー・カサット) / National Gallery of Art via Wikimedia Commons / CC0
出典

Mary Cassattの《The Letter》は、浮世絵の平面性、斜めの構図、室内の切り取り、装飾的な着物風の衣服を、西洋の近代女性の日常へ翻訳した作品です。日本美術をそのまま模写するのではなく、手紙を書く私的な時間、紙、封筒、衣服、壁面のパターンを一つの画面に組み直しており、ジャポニスムが生活のしぐさや紙ものの感覚にも入り込んだことを示します。

文房具カフェの視点

浮世絵は高価な美術品としてではなく、当初は出版物や包装、紙ものとして欧米に届きました。初期のパリ万博では、日本の浮世絵はアートには分類されず、工芸品的な扱いでした。(実際、万博のアート部門に浮世絵は分類されていなかった)

このように異分野から西洋アートに入ってきたという点は、非常に特徴的ですね。

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ジャポニスムへの批判・対抗意識から次の潮流へ

ジャポニスムは西洋の近代表現を大きく刺激した一方で、日本文化を異国趣味として断片的に消費した面もあります。ただ、その平面性、余白、非対称構図は、装飾芸術、アール・ヌーヴォー、近代ポスターの画面設計へ強く受け継がれました。

03

Aesthetic Movement 唯美主義・エステティシズム

唯美主義・エステティシズムって何?

実用性や道徳的な意味よりも、美そのものを重視した英国中心の装飾芸術の潮流です。孔雀、植物、東洋趣味、洗練された室内装飾を通じて「美しい生活」を追求しました。

時代・潮流
1860年代-1900頃
1860年代以降の英国で「芸術のための芸術」という考え方が広がり、絵画だけでなく室内装飾、工芸、ファッション、出版物にも美そのものを重視する態度が現れた。1900年頃にはアール・ヌーヴォーや近代装飾へ接続していくため、ここでは1860年代から1900年頃までを中心年代とした。
Aesthetic Movement 唯美主義・エステティシズム の参考画像
画像1: The Peacock Room / James McNeill Whistler(ジェームズ・マクニール・ホイッスラー) and Thomas Jeckyll(ジェームズ・マクニール・ホイッスラー、トーマス・ジキル) / CC0 / Public Domain Mark 1.0 shown on Wikimedia Commons
出典

ホイッスラーとジェキルによる《Peacock Room》は、食堂という生活空間を一つの総合的な美的環境へ変えた例です。機能や教訓よりも、色、装飾、東洋趣味、孔雀のモチーフ、室内全体の調和を優先する姿勢が、唯美主義の「美そのもの」を重視する文脈をよく示しています。

デザインの特徴
洗練された装飾、東洋趣味、植物、孔雀、静かな室内性。
代表的な人物・作家・参照文化
Aesthetic Movement 唯美主義・エステティシズム 画像2
画像2: The Peacock Skirt / Aubrey Beardsley(オーブリー・ビアズリー) / Wikimedia Commons / Harvard Art Museums / パブリックドメイン
出典

黒白の線、極端な装飾、孔雀のモチーフによって、物語よりも画面の美しさと人工性を前面に出しています。唯美主義からアール・ヌーヴォーへつながる線描表現の重要な例です。

Aesthetic Movement 唯美主義・エステティシズム 画像3
画像3: Flaming June / Frederic Leighton(フレデリック・レイトン) / Wikimedia Commons / Museo de Arte de Ponce / パブリックドメイン
出典

燃えるようなオレンジ、円環的な身体配置、古典主義的な完成度が、実用性から離れた純粋な美的快楽を作っています。唯美主義の洗練、官能性、装飾性を説明しやすい作品です。

Aesthetic Movement 唯美主義・エステティシズム 画像4
画像4: Nocturne in Black and Gold: The Falling Rocket / James McNeill Whistler(ジェームズ・マクニール・ホイッスラー) / Wikimedia Commons / Detroit Institute of Arts / パブリックドメイン
出典

具体的な物語よりも、夜の色調、煙、火花、空気感を主役にした作品です。「芸術のための芸術」という唯美主義の態度を、装飾だけでなく抽象に近い感覚表現として示しています。

Aesthetic Movement 唯美主義・エステティシズム 画像5
画像5: Leighton House, The Arab Hall / Frederic Leighton(フレデリック・レイトン) / George Aitchison(フレデリック・レイトン、ジョージ・エイチソン) / Wikimedia Commons / Internet Archive / パブリックドメイン
出典

住まいの一室を、タイル、金、噴水、異国趣味の装飾で総合的な美の空間にした例です。唯美主義が絵画作品だけでなく、暮らしの環境そのものを美的対象にしたことを示します。

文房具カフェの視点

唯美主義は、実用性や道徳的教訓に従属しない「美そのもの」の価値を重視しました。先に見たアーツ・アンド・クラフツと唯美主義は、ほぼ同時代にイギリスを中心に展開していますが、両者とも、ヴィクトリア朝の過剰装飾や安易な歴史様式の模倣への反発がありました。当時の大量生産品には、ゴシック風、ルネサンス風、ロココ風、東洋風などが表面的に混在したものが多くありました。

唯美主義は、それを「美しくない」「趣味が悪い」とし、アーツ・アンド・クラフツは、「素材や構造に誠実でない」「労働と生活を壊している」と見ました。

アーツ・アンド・クラフツに比べて、唯美主義には既成道徳への挑発、すなわち反道徳的なニュアンスが色濃くあります。それは同時に、道徳、宗教、政治における健全性への不信という危うさを漂わせます。オスカー・ワイルドやピアズリーの作品には「退廃的」な匂いが感じられます。すべては「移ろう」という、日本の「もののあわれ」と通じる感性があるのかもしれません。

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唯美主義・エステティシズムへの批判・対抗意識から次の潮流へ

唯美主義は美そのものを重視しましたが、社会や実用から離れた贅沢な趣味に見えるという批判も受けました。この緊張は、生活を美しくする工芸、都市の装飾、アール・ヌーヴォーの総合芸術へつながっていきます。

04

Impressionism 印象派

印象派って何?

光や空気、都市や自然の一瞬の印象を、明るい色と筆触でとらえた近代絵画の潮流です。写実的に再現するより、見る体験そのものを画面に残そうとしました。

時代・潮流
1870年代-1880年代
1874年の第1回印象派展を起点に、Monet、Renoir、Morisotらが戸外の光、都市生活、瞬間的な視覚経験を描く表現を集中的に展開した。このため、ここでは印象派展が続いた1870年代から1880年代を中心年代とした。
Impressionism 印象派 の参考画像
画像1: Impression, Sunrise / Claude Monet(クロード・モネ) / パブリックドメイン
出典

モネの《Impression, Sunrise》は、印象派という名前の由来になった作品です。輪郭を固めず、港の光、霧、空気、反射、短い筆触によって一瞬の視覚経験を捉えており、完成された歴史画よりも、見る瞬間の感覚を重視する近代的な態度が表れています。

デザインの特徴
明るい色、筆触、戸外、日常風景、瞬間性。
代表的な人物・作家・参照文化
Impressionism 印象派 画像2
画像2: Bal du moulin de la Galette / Pierre-Auguste Renoir(ピエール=オーギュスト・ルノワール) / Wikimedia Commons / Musée d'Orsay / パブリックドメイン
出典

木漏れ日、群衆、都市の余暇を軽い筆触で捉えた印象派の代表作です。近代都市の日常を、歴史画ではなく光と空気の断片として描く態度がよく表れています。

Impressionism 印象派 画像3
画像3: The Ballet Class / Edgar Degas(エドガー・ドガ) / Wikimedia Commons / パブリックドメイン
出典

斜めの床、切り取られた人物、稽古場の一瞬を使い、舞台裏の近代的な視線を作っています。印象派の中でも、写真や日本版画に近い切断構図を説明しやすい作品です。ドガの構図感覚は、エドワード・ホッパーのような20世紀の画家にも通じる視覚を先取りしています。

Impressionism 印象派 画像4
画像4: The Cradle / Berthe Morisot(ベルト・モリゾ) / Google Art Project via Wikimedia Commons / パブリックドメイン
出典

家庭内の親密な場面を、柔らかい光と薄い筆触で描いた作品です。印象派が都市や風景だけでなく、近代生活の身近な時間を主題にしたことを示します。ちなみに彼女は絵画のモデルにもなっており、マネの《すみれの花束をつけたベルト・モリゾ》は近代絵画の中でも特に高い評価を得ています。

Impressionism 印象派 画像5
画像5: Bridge over a Pond of Water Lilies / Claude Monet(クロード・モネ) / Wikimedia Commons / Metropolitan Museum of Art / パブリックドメイン
出典

光、反射、水面、植物が画面全体で溶け合う後期モネの作品です。印象派の光の観察が、輪郭のない色面と没入的な画面へ進んでいく流れを示します。

文房具カフェの視点

チューブ入り絵の具や携帯できる画材の普及によって、画家はアトリエの外へ出やすくなりました。光や空気をその場で描く印象派は、画材の持ち運びやすさとも深く関係しています。モネの滲んだ風景画などを見ると抽象画のような印象をもちやすいですが、印象派の画家たちが描こうとしたのはあくまでも現実です。現実を切り取りそれをどう表現しどう感じさせるか?ということを追求した潮流といえます。

絵画技術として重要なのが、「筆触分割」です。パレットの上で絵の具を混ぜるのではなく、単色を隣り合わせて置くことで、視覚混合による鮮やかな色彩を実現しました。現実の瞬間を切り取ろうとする試みにおいて、例えばモネの屋外制作では、光は移り変わり、天候も変わります。ゆっくり滑らかに塗っている余裕はありません。そのため、短い筆触で素早く置く描き方が合理的だったという背景もあるんです。

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印象派への批判・対抗意識から次の潮流へ

印象派は発表当初、未完成のスケッチのようだと批判されました。一方で、光や瞬間を重視する態度は絵画の主題を大きく広げます。その先で、構成、象徴性、内面表現を求めたポスト印象派が生まれました。

05

Post-Impressionism ポスト印象派

ポスト印象派って何?

印象派の色彩や筆触を受け継ぎながら、構成、象徴性、個人の内面表現へ踏み込んだ潮流です。セザンヌやゴッホらの試みが、20世紀美術の抽象やデザイン感覚へつながりました。

時代・潮流
1880年代後半-1900年代初頭
1886年の最後の印象派展以後、van Gogh、Cézanne、Gauguin、Seuratらが、印象派の色彩や筆触を受け継ぎながら、構成、象徴性、内面表現、画面の平面化へ進んだ。このため、印象派以後の展開が明確になる1880年代後半から1900年代初頭を中心年代とした。
Post-Impressionism ポスト印象派 の参考画像
画像1: The Starry Night / Vincent van Gogh(フィンセント・ファン・ゴッホ) / パブリックドメイン
出典

ゴッホの《The Starry Night》は、印象派の光や色彩を受け継ぎつつ、外界の観察を個人的な感情、筆触、象徴的なリズムへ変換した作品です。ポスト印象派では、瞬間の印象だけでなく、構成、内面、色の象徴性、作家固有の視覚言語が前面に出ます。

デザインの特徴
強い輪郭、平面化、象徴色、構成的な筆触。
代表的な人物・作家・参照文化
  • Vincent van Gogh オランダ・フランス / 1853-1890
    The Starry Night
  • Paul Cézanne フランス / 1839-1906
    Mont Sainte-Victoire series
  • Paul Gauguin フランス・タヒチ / 1848-1903
    Vision After the Sermon
Post-Impressionism ポスト印象派 画像2
画像2: A Sunday Afternoon on the Island of La Grande Jatte / Georges Seurat(ジョルジュ・スーラ) / Wikimedia Commons / Art Institute of Chicago / パブリックドメイン
出典

点描によって光と色を理論的に組み立てた作品です。印象派の瞬間性を受け継ぎながら、より構成的で計画された画面へ向かったポスト印象派の一側面を示します。

Post-Impressionism ポスト印象派 画像3
画像3: Mont Sainte-Victoire with Large Pine / Paul Cézanne(ポール・セザンヌ) / Wikimedia Commons / Courtauld Gallery / パブリックドメイン
出典

手前の松、谷、山を、奥行きのある風景として写すだけでなく、幹、枝、斜面、空を色面と構造の関係として組み立てた作品です。セザンヌが自然を円筒、球、円錐に近い構造として捉え、のちのキュビスムやモダンな構成へつながる見方を作ったことが分かりやすく表れています。

Post-Impressionism ポスト印象派 画像4
画像4: Vision After the Sermon / Paul Gauguin(ポール・ゴーギャン) / Wikimedia Commons / National Galleries of Scotland / パブリックドメイン
出典

赤い地面、強い輪郭、象徴的な場面構成によって、目に見える自然ではなく内面や信仰のイメージを描いています。ポスト印象派が象徴主義や平面化へ向かう流れを示します。この絵画の題材は、旧約聖書に登場するヤコブと天使の格闘の有名な場面ですが、非常に面白いのは、画面の大半を覆い尽くしているのが現実の女性たちということです。題名からもわかる通り(Vision After the Sermon:説教の後の幻想)、説教を聞いた後に女性たちが頭の中で思い浮かべていることを、一枚の絵に収めているということですね。

Post-Impressionism ポスト印象派 画像5
画像5: Moulin Rouge: La Goulue / Henri de Toulouse-Lautrec(アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック) / Wikimedia Commons / パブリックドメイン
出典

大胆なシルエット、強い平面性、文字と人物の一体化によって、近代ポスターへ直結する表現を作っています。ポスト印象派の平面化がグラフィックデザインへ接続する例です。

文房具カフェの視点

ポスト印象派を一言で大胆に言えば「オレにはこう見えている」です。写実主義からの影響を強く受けている印象派が、革新的な表現方法を採用したことは確かですが「現実=普遍性」を保ったのに対して、ポスト印象派の画家たちは「普遍性」を重視しなかった、あるいは拒絶しはじめたとも言えます。

それは絵の具の置き方や線のリズムが作家ごとの表現として強い個性を生む土壌になりました。ポスト印象派を境として近代アートやデザインは、歴史上はじめてというほどに多様化していきます。

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ポスト印象派への批判・対抗意識から次の潮流へ

ポスト印象派は一つの統一運動ではなく、作家ごとの方向性が大きく異なるため、分類として曖昧だという見方もあります。しかしその多様さこそが、色の自立をフォーヴィスムへ、構造の追求をキュビスムへ、内面表現を表現主義へ押し広げました。

06

Symbolism 象徴主義

象徴主義って何?

象徴主義は、目に見える現実よりも、夢、神話、死、宗教、内面の感覚を暗示的なイメージで表した19世紀末の潮流です。印象派の外光とは反対に、見えないものを画面へ呼び込みました。

時代・潮流
1880年代-1900年代
1880年代以降、印象派の外光表現とは異なり、夢、神話、死、宗教、内面を象徴的に描く潮流がヨーロッパで広がった。このため、19世紀末を中心にした1880年代から1900年代を中心年代とした。
Symbolism 象徴主義 の参考画像
画像1: The Cyclops / Odilon Redon(オディロン・ルドン) / パブリックドメイン
出典

オディロン・ルドンの《The Cyclops》は、神話的な主題を写実的な物語ではなく、夢の中で立ち上がる内面のイメージとして描いた作品です。象徴主義では、見える世界をそのまま記録するのではなく、神話、死、宗教、欲望、不安、精神性といった目に見えない感覚を、花、目、人物、幻想的な風景へ託して表します。

デザインの特徴
神話的な人物、暗い色、花、目、夢の場面、幻想的な空間、精神性。
代表的な人物・作家・参照文化
Symbolism 象徴主義 画像2
画像2: Jupiter and Semele / Gustave Moreau(ギュスターヴ・モロー) / Wikimedia Commons / パブリックドメイン
出典 / ライセンス

神話、宝石のような細部、宗教的な光が重なり、象徴主義の過剰で「精神的な装飾性」をよく示します。現実の観察ではなく、神話を内面や運命のイメージとして扱う点が重要です。

Symbolism 象徴主義 画像3
画像3: Island of the Dead, Third Version / Arnold Böcklin(アルノルト・ベックリン) / Wikimedia Commons / パブリックドメイン
出典 / ライセンス

死、静寂、島、舟という簡潔なモチーフで、物語を説明せずに不吉な精神性を立ち上げる作品です。象徴主義が具体的な場面よりも、気配や観念を重視したことを示します。

Symbolism 象徴主義 画像4
画像4: Death and the Gravedigger / Carlos Schwabe(カルロス・シュヴァーベ) / Wikimedia Commons / パブリックドメイン
出典 / ライセンス

Carlos Schwabe(カルロス・シュヴァーベ)の《Death and the Gravedigger》は、死を抽象概念ではなく、黒い翼を持つ人物像として現前させています。象徴主義では、死、運命、救済、恐れのような目に見えない観念を、宗教的で幻想的な人物像へ託して表すことが重要になります。

Symbolism 象徴主義 画像5
画像5: Madonna / Edvard Munch(エドヴァルド・ムンク) / Wikimedia Commons / パブリックドメイン
出典 / ライセンス

聖性、身体性、死の気配が重なった人物像です。象徴主義では、宗教的な題名や人物像が、道徳的な教訓ではなく心理的・性的・精神的な暗示として使われます。ムンクの「感情のために形や色を歪める」という描き方はのちに《叫び》で頂点に達し、後のドイツ表現主義などへと接続されていきます。

文房具カフェの視点

象徴主義は、見たものを説明するより、夢や不安、祈りのような見えない感覚を絵に託しました。自分の内面世界とキャンバスを接続する道具として、彼らにとって画材や文房具は、ある種、非常に神聖な道具だったと思います。

中でもルドンは50代になるまで、ほぼ完全に黒の木炭を用いて絵を描きましたが、彼は「神託は物質を通して語る」と言っています。「木炭の先端を紙に押し付けたり、横向きに置いたり、粉状の木炭を手や布で紙に塗りつけたり、擦筆を使って結晶を沈めたりと、様々な技法を用いた」そうです。(参照:https://www.studiointernational.com/beyond-the-visible-the-art-of-odilon-redon?utm_source=chatgpt.com

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象徴主義への批判・対抗意識から次の潮流へ

象徴主義は目に見えない内面や神話を重視しましたが、現実から離れた曖昧な幻想に見えるという批判もありました。その夢や無意識への関心は、シュルレアリスム、ウィムジゴシック、現代のダークなネット美学を読む前提になります。